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2016.09.12 NEW!

先回の日本ラカン協会のワークショップのテーマが4(+1)のディスクールでしたので、少なからずインスパイアされ、特にニコラ・ダジャンさんが発表なさった主人のディスクールと資本家のディスクールとの関係には大いに考えさせられ、今でも疑問はつきません。だいいち今現在資本家とはどういう人を指すのか? 日本語では自己資本、他人資本(フランス語ではそれぞれ、lepassif, l’actifです)とバランス・シートで分けられていますが、両言語どちらを取っても騙されているみたいです。このうち他人資本に相当する債券の市場は自己資本である株式の市場と比べても桁違いに規模が大きく、ジャンク債に関係してCDSなんていう「こんなのありか」、みたいな商品も現れてきていて、それが暴落することをおそれているのかどうか判りませんが、日米欧の中央銀行による量的緩和合戦(なのか協調なのか?)にマルクスどころかラカンもこれを知ったら、まったく言うこと書くことが違ってきたのではという時代になってきています。社会全体としては脱産業化は ダニエル・ベルの言っていたのとはまた違った趣を呈していて、むしろディミトロフ・テーゼのような金融資本の一般的(という部分がいまいち曖昧なのですが)危機に対する反動としてのファシズム台頭を予感させる時代になってきてます。フロン・ナショナルはファシスト党、ナチ(双方ともいうなれば中道)とは異なり自称極右ですが、構造的には似ています。ウーエルベックの「服従」がベスト・セラーになっているように、少なくともヨーロッパでは移民問題も絡んで複雑な様相を呈していると言っていいでしょう。スタンディングの書いた「プレカリアート」(副題が「新たな危険な階級」となっています)のオリジナルのカヴァーはどうみても日本の若者にみえてきます。経済格差は先進国新興国ともに共通の問題で、よく中間層の没落と説明されますが、この中間層とフランス語classe moyenneとはまったく違うもので、本当に階級と呼べるものなのかクエッションマークです。

『人は資本主義に享ずることができるのか』(原題Peut-on jouir du capitalisme ?)、第2部、試訳ですが、上記と関連したテーマを扱っています。ラカン論としてはやや破天荒なスタイルですし、言っていることに小首を傾げたくなる部分も多々ありますが、タイムリーではないかと思いアップいたしました。
院長の部屋

サイトリニューアルに際しての院長の挨拶(2016.06.13)

今般、荻本医院のwebサイトをリニューアルいたしました。
体裁だけでなくコンテンツもよりアクチュアルなテーマに即して更新してゆきます。

院長としては、ADHDについて、成人期ADHDだけでなく、子どものADHDについても視野に入れてコメントしてゆきます。今回はラカンとの関わりからアニエス・コンダの論文のレヴューをアップいたしました。
ADHDは今後、診断分類上どのような扱いになるのか計り知れませんが、少なくともDSM-5では(神経)発達障害の下位分類となっており、それでは自閉症(スペクトラム)との異同も問題として行かねばならないでしょう。自閉症については、Lefort夫妻による「‹他者›の誕生」以降のラカニアンたちの研究も追いながら、ラカン独特の表現、‹他者›、ジュイッサンス、対象(a)等との絡みでその構造を明らかにして行かねばならないでしょう。

昨年12月よりストレス・チェック制度がスタートしました。産業医活動の一環として、取り組むべきことも増えてきていますが、この領域での当医の活動についての記述がHPにおいて欠落しています。こちらも当医にとっての課題であることは意識しています。

スタッフとしてАмосенок Ирина Николаевнаが新たに加わりました。彼女の自己紹介は「荻本医院のスタッフの欄に」ロシア語で書かれています。下に日本語があります。

院長雑感

しばらく荻本医院のwebサイトのリニューアルを怠ってきました。この間、メンタル系医療の流れに対して小生が関わってきたことを少しずつ発表してゆくつもりです。まずは「成人期ADHD」について、一定の間隔をたもちながら今まで胸三寸で口にしなかった事柄をお伝えすることにします。
DSM-5がADHDを「神経発達障害」のカテゴリー内に加えたことが契機といってよいでしょう。以前からADHDのケースとは関わってきましたが、この1〜2年で受診数は激増しましたし、これからもこれは変わりないものと確信しています。自閉症(スペクトラム)についてはラカニアンの文献も豊富ですし、臨床的なものから理論中心のものまで、かなり前から眼を通してきましたので、これらも併せて小生なりの視点から紹介してゆくつもりです。

この他、昨年12月にスタートしたストレス・チェック制度についてもいろいろな角度で関わりつつありますので、これは別枠で発表してゆく方針です。いわゆるメンタル不全と労働問題との関係は依然として医療の枠を超えて説明する必要がありますので、これも折に触れて認めたものを発表してゆきます。

医薬品については小生が治療経験として比較的豊富なものは、MRの方たちからの情報は重視するとして、しかしながらこれらの情報がバイアスとなりうることを踏まえて、寸評程度にですが、小まめに私見を「胸の内を明かす」式にぽつりぽつりと呟いてゆきます。

ラカンについては当医院でのセミナー、協会で、サークルでの発表の下敷きとなったものをそのまま載せてきましたが、下敷きである以上、文章として欠陥だらけですが、これは敢えて訂正しないままにしておきます。おことわりしておかなくてはならないこととして、小生はラカニアンですが、精神分析は実施いたしません。この理由についてもなにか纏めて説明しなくてはならないでしょう。

この文が荻本医院のwebサイトに関して小生が怠惰であったことの懺悔録ではないかとお叱りを受けることとなるかもしれませんが、これからの償いによってこれを斟酌いただきたいと存じます。

人事・労務ご担当者様でメンタルヘルス顧問医をお探しの方へ

従業員の休職や復職に関するメンタルヘルス問題でお困りの企業の方より、認定産業医で専門医との顧問医契約を結ぶケースが増えております。
また、平成23年から職場検診にうつ病などの精神疾患をチェックする項目が盛り込まれる動きがあります。企業は、これまで以上にメンタルヘルスの専門家との連携が必要になってくると考えられます。

官・民および企業規模を問わず、うつ病や適応障害による休職者数は急増しており、人事担当者だけで解決することが困難なケースも少なくありません。
お困りの際は、どうぞ当院へご相談ください。
(2011/2/25)


ラカンの勉強会はLes non-dupes errentを一通り解説しましたので小休止です。10/31(日本ラカン協会のワーク・ショップでの発表を終えましたので、暫くは小生のペースで、少し自由な感じで、ブログ上にいろいろアップして行きたいと思っています。

まず、日本ラカン協会の雑誌I.R.S., no9/10 に投稿しました『Sexuationの式―Le savoir du psychanalyste の1972年6月1日のアントゥルティアンを中心に』に校正ミスがあり、朱をいれてSexuation の式に載せました。

また次号のI.R.S.に掲載予定の『ラカンと三値論理』も前稿の続きみたいなものですので、先行してラカンと三値論理に載せました。


東京精神分析サークルで昨秋発表しましたsublimationとsublimeとの関係についてはまだ纏められないままになっていますが、そのうち発表いたします。ラカンは実詞としてsublime(ドイツ語 das Erhabene)を、小生の知る限り、使っていませんが、例えばLyotard の≪Lecons sur l’Analytique du sublime≫ にはラカンからの引用もありますし、いわゆるjouissance de la Chose(これまたラカン自身はこの語を用いたことがないのではないでしょうか)との絡みでセミネール7巻や16巻D’un Autre a l’autre の読解とともになんらかのものを認める予定です。

目下読んでいるのはErik PorgeのLes Noms du Pere chez Jacques Lacanで、RSI と併せ読みとして、これも発表する予定です。


最近、スペクトラムという語が流行りともいっていいのではないでしょうか。自閉症スペクトラムに続き双極性感情障害についてもスペクトラムとして捉える精神科医が増えています。ere 社から刊行されているfigure de la psychanalyseの最近出た特集Le ≪bipolaire≫ et la psychanalyseを購入し、少し読んでみましたが、著者(KristevaやGerard Pommierの名前が見られます)のなかには、精神分析とまったく関わりのないChristian Gayみたいな精神科医も投稿しています。因にかれのタイトルはHeterogeneite des troubles bipolairesでアンチ・スペクトラム論者です。


双極性感情障害に関しては、このような水掛け論的な論争はさておいて、キンドリングという現象に着目しています。そのうち、簡単に纏めてみます。