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ジャック・ラカンについて

Sexuation の式

−Le savoir du psychanalyote の 1972年6月1日のアントゥルティアンを中心に−
荻本芳信

1. はじめに
Savoir du psychanalyste の最後のアントゥルティヤン 1 (1972年6月1日)の末尾の sexuation の式は、他では見られない一風変わった図との組み合わ せで示されている。この日のアントゥルティヤンはこの年(1971-2)の総括として読むことができるのだが、そうであれば、先行する …… ou pire, savoir du psychanalyste のセミネール、アントゥルティヤンとの重ね読みが必要があろうし、sexuation そのものを論ずる前に、「いち」Unないしはl’Un について、あるいは0-1といった図式、また第一に yadl’un という新造語について、ラカンがどのように語ってきたのか検討、考察してゆかなくてはなるまい。ただし、他の新造語についてもしばしばそうなのである が、ラカンは yadl’un についてはっきりとした定義や説明を与えている訳ではない。あるいは、自らの旧来の理論を刷新あるいは訂正するために用いられているのかもしれない2。まずはこの語が出てくるコンテキストを読み比べることで手がかりは得ることができるであろう。「そのものがなにか」を問うのではなく、ラカンの関心が論理学や集合論に向かっていったのであるから、この yadl’un とかれの発する諸命題の関係、命題間の関係を意識しながらそこでのラカン的論理構造あるいは(伝統的)論理が破綻している様を読み取りつつ再度 yadl’un に立ち戻るというプロセスも必要であろう。まずこの日(1972年6月1日)のアントゥルティヤンでは、yadl’un について理解するには、プラトンの『パルメニデス』を注意深く読解しさらに集合論の知識が必要であるとのことであるから、これは一筋縄ではいかない作業となる。yadl’un の初出は… ou pire, 1972年3月15日のセミネールにおいてである。そこでは同じ「いち」にかかわるものながら、trait unaire3がフロイトのeinziger Zug のラカン流解釈がこめられた仏訳語である一方、yadl’un および trait unaire の形容詞 unaire に対比するかたちで示されるこの yadl’unの形容詞の実詞化である unien はラカン自身の創出であることが述べられている。同年1月19日には既に享楽の非-在 inexistence をいわゆる反復自動は執拗な繰り返しinsistance、足踏みからエクジスタンスへの出口として門戸を開くのですと0-1がエクジスタンスとの関連で述べられている。sexuation の式を先取りして示すこととなるが、ラカンの言うように( …ou pire, 1972年4月19日)、上部のふたつの式は左、男性の側がil existeであり、右、女性の側が il n’existe pas と動詞は確かに exister である。ラカンはこのエクジスタンスの概念を集合論に負うている、と言っているが、これも集合論の礎を築いたひとりであるフレ―ゲを意識してのことと言えよう4。エクジスタンスについては異なった年代により、あるいは異なったコンテキストによりラカンの言わんとすることはまちまちなのであるが、ラカンの思想はなによりもまず精神分析理論から出発していることを忘れて はなるまい。以下はエクジスタンスを論ずる上で最低限押さえておかねばならない基礎知識である。まず原抑圧についてであるが、ラカンの解釈は、反語的に言えば、まっとうなフロイディアンの解釈でありしかもいつになくスマートと言えよう。論理的次元においては原抑圧がまず前提、、としてあり、ここから二次的に起こってくるものが本来の意味における抑圧refoulement proprement ditであり、論理的脈絡からすれば後者は文字通り事後の抑圧 refoulementapres coup ということになるが、この「事後」apres coup, nachtraglich という精神分析特有のタームは当の精神分析の理論面、臨床面双方にかかわってくる時間性を規定するものである。 事後性 Nachtraglichkeit の構造は『科学的心理学草稿』のエンマの症例の解釈において既に認めることができる。極手短にこの症例の時間/論理的構造をみてみよう。エンマはひとりで店に入ることができなくなる。かの女はこの症状を、かの女が13歳のとき入った店でのシーンのせいだと言う。この店でかの女はふたりの店員から嘲笑を買ったのであり、嘲笑はかの女の着ている服に向けられたにちがいないと説明する。だがフロイトの解釈は既に力動的である。分析のセッションが進むにつれ、時系列からするとこの事件に先行する、かの女が8歳のときの別のシーンが明るみに出る。食料品店の主人による誘惑のシーンである。フロイトは、第二のシーン、着物についての嘲笑のシーンをエンマが体験しているまさにそのときに、、、、、、、、存在していたはずの性的興奮に着目するが、かの女はこれを否定する。フロイトの方ではふたつのシーンのあいだの連想が治療の鍵となることを見抜く。しかしながら当時のフロイトは誘 惑による外傷の「事実」に執着し、これを第一義的に解釈しており、そこから抜け出すことができなかった。抑圧のはなしに戻る。時系列的時間からすれば、本来の意味における抑圧、事後の抑圧がまず起こり、その結果、経済論的観点からすると、この抑圧を維持するための逆備給が必要となり、その結果として原抑圧が起こるという順序になるはずである。原抑圧において抑圧されたもの、それは原抑圧の側からいえば原初的肯定 Bejahung primordiale, 本来の意味における抑圧の側からいえば原初的否定 Verneinung primordiale の対象となったものであり、これは内容を持たない、欲動についえ言えば欲動そのものは欠けている欲動代表であり、これは表象代表のことでもある。セミネール11巻で representation non representative とラカンによって示される表象代表(非表象−代表)は最初のシニフィアンそのものであるが、このことは論議し尽くされたものとして説明は不要であろう。シニフィアンそれ自体はなにも意味しない Le signifiant en lui meme ne signifie rien ことからしてそこにあるのは空の内容である。因に、この年1971-2年ではラカンはそのような問題意識にまで想到することはなかったようであるが、後にエクジスタンス - ラカンはしばしばex-sisterあるいはハイデガーに倣って ek-sistence といったように表記する - は「言う」direとの関連で述べられることとなる。真理表において1が真0が偽で表されるとして「現実の科学」たるラカンの論理学においては「言う」は半ば-言うmi-direでしかなく、これを実際「言ってしまえば」半ば言われた命題は-1であり、後述する sexuation の式の女性の側に位置するpas tout(e)がこれに相当する5。セミネールのタイトル … ou pire の意 味するところもこうしたコンテキストで捉える必要があろう。謂わく、現実界については「言わぬが花」なのである。同時代に発表された Televisionの冒頭の部分 Je dis toujours la verite … pas toute もこのラカン的pas tout(e)の論理を意識して解釈すべきなのである。ここまで来て、朧げに時間的脈絡と論理的脈絡との齟齬というものが人間の論理−そこには心的薄弱 debilte mentale あるいは構造的欠陥vice destructureを背負った人間が必然的に陥る非論理が伴立している−には存在している(これも「在る」etre ではなく exister である。精神分析においては、現実 le reel のレヴェルで問題となるのは l’Etre ではなく常にl’existence である。例えば etre parlant これをラカンは皮肉を込めてparletre と書き改めているが、これはetreという語が既に冗語だからである。 これから問題となる「いち」についても、それが etre とは全く関係性をもたないことを示すために、savoir du psychanalyste の1972年5月4日のアントゥルティアンでラカンは ontologie 対比させて一度だけであるがhenologie という新造語を出してくる)ことが感じられてきたが。これを単なる矛盾率として放り投げるのでないところからラカンが後に言うこととなる「現実の科学としての論理」が見えて来る。1971-2年はその通過地点ではあるがむしろハードルは高い。ともあれラカンが主張しているように『パルメニデス』と『算術の基礎』を併せ読むことでこのハードルを越えなくてはならない。

2. パルメニデス
プラトンの『パルメニデス』の後半部分(冒頭の部分は導入部の総論であり、これを独立した部分として捉えるならば、第一部に続く第二部にあたるものは第三番目のものとなる)はまずパルメニデス自身によって問題が提起される。「もしいちで/があるなら」6あるいは「もしいちで/がないなら」という仮定のもとに他の命題との組み合わせにおいて両者のあいだにどう折り合いをつけるか、と。次いで、パルメニデスは論争相手に若きアリストテレスを選び、自分が高齢ゆえ、ことさら論破されることを望む。ところが若きアリストテレスはパルメニデスの言葉に悉く「それもそうですね」と同調するだけで暖簾に腕なしの風である。ラカン曰く、これは〈いち〉l’Unが語っていると(1972年3月15日)。そしていつもながらの駄洒落が出る。この対話は聴くものにとっては厄介でうんざりである。厄介 ennuiであるからこの語る〈いち〉は unien だと(ibid)。もちろん、このことは単に、パルメニデスひとりの独演会だと言っているのではなく、このUnとはS1, 主(人)のシニフィアンであり、当然そこにはS1-S2といった binaire な構造が読み取れる7。パルメニデスの仮定は全部で8あるが、最初の仮定とその述部は「もし いち/があるなら、そのいちは … でない」で示される。例えばいちは多数でない、(したがって)全体でない、部分でない、始めがない、終わりがない … 等々、つまりあらゆる述語否定で示される。そして同一性と差異性を巡っては、いちはそれ以外のどのものとも同一でないばかりかそれ自身とも同一でない、となる8。自己と同一性をもたないものとはそのまま ラカンのシニフィアンの定義にもなる。現抑圧で抑圧されると想定されるものをS1とすれば、S1はS2とのかかわりにおいて対象喪失として示され、これは去勢に他ならないし、このことが主体の分裂と現抑圧のモメントと一致するのだが、以上のことはフレーゲとの関連において後述することになろう。ところで『パルメニデス』におけるパルメニデスと若きアリストテレス との対話は、第一の仮定で既に提起された運動と静止をめぐって、新たな展開を迎える。運動と静止の一方から他方へとの変化は、相変わらずパルメニデスが一方的に語ることによって示されるのだが、かれ曰く、この変化は一瞬にして exaiphenes 起こることなのだと。 Hubert Ricard によると exaiphnes という語をプラトンは、「突然」という語義、つまり時間との関連においてのみ使用しているのであるが、ラカンはこの語の接頭辞 ex を重視して「いち」の論理的側面を読み取り、「出現」surgissement の語義にアクセントをおいていることを指摘している9。当然ながらこの出現とはラカンにとってエクジスタンスに他ならない。… われわれは〈いち〉l’Un が現れるときは一様ではないことがどうしてなのか解ってきました。言い換えれば、われわれはプラトン的ディアレクティークを刷新することになるのです。そうして、わたしは、〈いち〉の二分法を追及するためみなさんを導くのだと主張しているのです。本当に二分法なのか確かめねばなりません。この〈いち〉をプラトンは存在 l’etre とは区別しています。たしかに存在はどんな場合でも〈いち〉です。しかし〈いち〉存在として認めることができな いのです。このことが『パルメニデス』において見事に証明されているのです。歴史的に観て、そのとき以来エクジスタンスの機能というものが導き出されたのです。〈いち〉が問題を提起しないからではありません。エクジスタンスが関わるときはいつだって〈いち〉は問題 提起となるのです。〈いち〉を巡って問題は展開をみることとなるのです(1972年3月15日)。 そしてエクジスタンスはイネグジスタンスという根拠なしには在りえませんし、逆に外-立する ex-sistere とはありはしない外の支えがなければ成り立ちません(ibid.)。yadl’un はエクジスタンスの側にあり、エクジスタンスを可能にするイネグジスタンス→エクジスタンスという図式そのものと読み取れる(たしかに yadl’un という表現には他のヨーロッパ諸言語とは異なり、etre および動詞 etre の変化形は一切含まれていない)。さて、以上のような「いち」についてのプラトン的ディアレクティーク- とラカンは呼んでいる。『パルメニデス』におけるパルメニデスは歴史上存在していたパルメニデスとは異なる思想の持ち主でありプラトンその人の分身といってよかろう - はフレ―ゲにおいてどのようにかたちを変えて現れてきているのであろうか。

3. ラカン対フレーゲ
既に述べたようにラカンは、yadl’unを理解するためには、集合論の知識が必要だと述べているが、… ou pire, savoir du … psychanalyste全体を通してラカンは集合論の礎を築いたひとりであるフレ―ゲに自らを対峙させて、このyadl’un, unienないしUnあるいはlUnについていわばかれ自身の態度表明を行っている。ラカンの目論見とは精神分析の成果としてのsexuationの論理の提出 - だがこれは論理といってよいのであろうか。ここでの「不可能性」は人間にはそもそも論理を構築する能力が欠如していることをかれ一流の自己諧謔として示されたものだと言えまいか - だとして、それは伝統的論理学では捌ききれないものとして、あるいは捌き きれないがゆえ提出されたのだとも言える。なぜフレ―ゲを相手に選んだのかという点についてだが、フレ―ゲの業績が、数論を論理的に記述するため新しい論理、命題論理と名辞論理の統合、量子式の導入による述語論理の創出にあるとするならば、sexuationはこのフレ―ゲの向こうを張ったラカン版新論理ないし超論理の試みだとして、それは一種の様々な論理のパラフレーズとも読み取れる。 そもそもラカンのシニフィアンの理論は極めてフレ―ゲ的である。 概念記法の基本的式 :において、Φは関数、凹みは論理領域、xは変数である。 この記法をラカンのシニフィアンの理論で置き換えて表現することは容易い。凹みは未飽和のままだとまさに空部分(パースのカドランの線が描かれていない四分円の部分)であり、人間の主体(これもいちシニフィアンである)が、男であれ女であれ、変数xとしてこの凹みを占める '82アとによってくぼみの部分は飽和となりひとつのフレーズが出来上がる。しかし安易なアナロジーは危険である。ラカンは自らに影響を与えた思想家の読解に際して、その影響力が大であればある程、その読解はしばしば批判的となる。この年のラカンもフレ―ゲをいわば批農 bb的に自家薬籠中のものとしているといってよいのである。 yadl’unという言葉がこの年のセミネール、アントゥルティアンにおいて散見されるとしても、その都度、この言葉について定義や明確な説明らしきものを聞くことができるわけではない。yadl’unの初出は1972年3月15日のセミネールにおいてである。「あまり書きたくもないのですが」と断った上、黒板にyadl’unと書いたのであろう。その後でil y aに関して言語の歴史についての蘊蓄を傾けるのであるが、このことは既に述べたとおりである。yadl’unはまだ出てこないが、同年1月19日のセミネールにおいてラカンはこう言っている。 1972年1月19日 それにしても、われわれはどうしても押さえておかなければならないことがあります。論理的次元における必然性/必要性necessite logiqueから出てくるものです。自然数全体に対して必然/必要となる場合にです。理由はこうです。この必然性/必要性からわたしも話を始めてきたんですが、それは事後的必然性/必要性というもので、これは非-在であるinexisteという前提そのものを持ち込むことになるのです。 そしてまさに自然数全体というものへの問いにおいて、注目すべきは、それを論理的に積み上げこの全体へと向かおうとするとき、フレーゲは1という数を非在inexistenceといった概念のもとに根拠づける以外になかったという点です。 necessaireを必然的な/必要なnecessiteを必然的/必要性したことについては後述することとなる。自然数nの後継数というものがn+1で示されるならば、nとn+1との一対一対応により、これをいかに自然数全体へと拡張できるかという点について、さらには0-1をどのように規定したらよいのかといった点について、フレ―ゲの独自なアイデアを抜きにはラカンも語れないのであるが、晦渋な論述をもって知られる『算術の哲学』を読解におけるなんらかの戦略なしにラカンに繋げることはできそうもない。Robert BlancheがEncyclopadia Universalisにおいて「論理学の歴史」の項目の執筆を担当しており、以下はフレ―ゲに関連する箇所の記述の筆者による要約である。Blancheはここでフレ―ゲに対して少なからず批判的な紹介を行っているのであるが、逆説的ではあるが、かれの批判がそのままフレ―ゲの独自性を理解する上で鍵になるものと判じ取りあげることにした。 Robert Blancheによると、フレ―ゲによる数の概念とは、まず数字を含む言表enonce numeriqueの分析のアプローチに始まる。そして数とは「もの」とか「集合collection」ではなくある概念の属性proprieteであるという結論が引き出されると。たとえば、「4頭の馬に引かれた馬車carrosse」において、馬の集合ではなく「馬車を引く馬」という概念にこの数の属性は結びつくことになる。ここで数字が含まれる言表は「馬車を引く馬の数=4」と同一性を保つことになる。敷衍すると「概念Fに結びついた数=n」である。フレ―ゲは一般に、数の同一性について「概念F '82ノ結びついた数=概念Gに結びついた数」と表す。かれの独自性は数の概念の定義として、直接的でなく数に関するものの同一性egalite numeriqueといった迂回によって示され、つまるところ等数性equinumericiteによって示されているのだと。対象の総単射による一致は既にヒュームが述べており、概念Fに当てはまる対象群を概念Gに当てはまる対象群に結びつけるとこれはFとGとは等数性という概念で捉えたことになる。循環論とはいえないのは、等数性はFとGとの総単射により数の概念を 抜きにして定義できるからだと。 ついで「概念Fに結びついた数」という表現の定義であるが、これは「概念Fと等数的である」といった概念の外延ということになる。外延すべてをクラスすべてと言い換えることができる。これらは概念Fの外延との総単射が可能であり、先の例ではこの数が4ということになる。_ 82ツまり数はクラスすべてのクラスla classe de toutes les classesということになる。こうしておきながらフレ―ゲは、最後になって、数を特定の概念F、Gから切り離す。数をすべての概念から独立したものとして定義しなくてはならないのだが、「nは数である」は「ある概念があり、その概念にnが結びついている」によって定義されることに_ 82ネってしまう。 ついで特定の数についての定義となる。0は「自己自身と同一性を持たない」といった概念に結びついた数となる。というのも、そこには自己と同一である対象が存在しないからである。ここから自然数全体を後継数によって導く。1は0の後継数であり、「0と同等な」概念に帰属する数ということになる(たしかに0に同等なひとつの(傍点=筆者)数は0であるから)。 後継数を用いる方法、これをフレ―ゲは定義にまでしている。このnからn+1への推理は数学的帰納なのだが論理一般に妥当する法としてしまっている。 存在論的コミットメントについては後述するが、たしかにフレ―ゲにとって、数とはわれわれから独立に存在する客観的対象だが、非感性的なもので、それゆえ自体的に定義できないものなのだから、いわゆるヒューム原理ないし文脈的定義という手法が必要となるのは頷け・ e9。このフレーゲにおける数の間接的定義と同様、ラカンにおいても「yadl’unとはなにか」といった問いに対する直接的な答えを求めてはならないのである。 19/4/1972のセミネールではsexuationの四つの式の左上の式(ラカンはコンテキストによるがこれをhommoinzunの式としている)とここで問題になるエクジスタンスについて注釈を加えている。

それでもyadl’unそのものと、Eの逆転 したものとx、∃xで示される、ひとつのxがある、少なくともひとつが関数として示されたものに真を表す数値1を与えるといった意味の式、この両者の間には繋がりがまったくありません。エクジスタンスとして示されてはいるものの、この懸隔、と '8cセっていいでしょう、今日のところはそう言うしかないのでそういいます、自然のエクジスタンスとの懸隔です…

同日のセミネールで特に空集合を意識しての集合としての「いち」についてスペイン語のnada(ミレール版をはじめあらゆる版でnadeと記されている)を引き合いにし(スペイン語nadaはほぼフランス語のrienの語義に重なるものであるがnadaの方がより虚無的内容を示する語用が優位である。nadaはラテン語rem natam「生まれたもの」という文が短縮されたものであるが、同様にresから派生していながら、nat-「生まれ」といった語幹を伴うスペイン語をもち出すのもnes entum(非-存在) - ここからフランス語neantが派生してきたとされる -とexisteniaの両義性を意識してラカンはこの語を用いたのではなかろうか)、さらに「袋」を例にとり、「いち」のいわばクレアチオ・エクス・二ヒロの側面を強調したかったのではないだろうか。 nから n+1については写像理論とその背景となっているであろうフレ―ゲの等数性の説明でそれほどの困難は生じないであろう。要するに数を計算や数字というものを抜きにしても写像理論で規定できる点を押さえておけば問題ないであろう。だが … ou pireにおけるラカンの等数性を説明する給仕長の例は後継数のアイデアを必要としないものである(19 avril 1972)。さらに「後継数はなぜひとつだけしか存在しないのか」と後日ラカンは自問している(1974年2月19日)。ボロメオの輪導入以降、複雑な輪の構造(特に絡み目をも含んだ後年の輪の構造)について、既に想いを馳せていたのかもしれない。 n→n+1の前提となる0-1についてこれは厄介だC’est la le cotonと言っている(1972年2月9日)。果たしてそうなのであろうか。そうだとして誰にとって厄介なのか。ラカンにとってなのか、われわれにとってなのか、あるいはフレーゲにとってなのか。これを解く鍵がyadl’unにある訳なのであるが、これに答えるためにはなお準備的考察が必要である。 因に、yadl’un を巡る解釈は個々のラカニアンによって様々である。たとえば、Landmanはunaireが(集合論における)要素の側面を示しているのと対称にyadl’unの形容詞的ないし形容詞的実詞ともいうべきunienは要素を互いに結びあわすもの - ということは集合ということか - としているが、これは単純化しすぎである。(Lecon V,VI et VII du seminaire de Jacques Lacan ≪ … ou pire ≫ commentees par Claude Landman)。またCarlos Herrera V. (file:///Users/ogimotoyoshinobu/Desktop/sur%20la%20table/lacan-brasil.com.webarchive)の論述はトリックが過ぎると言わざるを得ない。フレーゲの「0は自己自身と同一性をもたない」ことについて、ゼロは空集合と同等ではなく、空集合の要素である基数と同等(Card(?) = 0.)とするのは判るが、フレーゲが0と同一性をもたせている、0の後継数である基数1との関係について、差異性をもたない式(0=0)、一般的には(x=x) は真理値で表すならば真、つまり1であり、それゆえ(0=0)=1といった式を導き出している点は如何なものであろうか。 0を空videとして理解し、ZF公理系(周知のようにZFC公理系のような典型的公理系は、本稿でもこの先問題となる連続対仮説を巡るゲーデルの不完全性定理により既に破綻していると言うこともできるが)における空集合の公理だと規定すれば左程そこに困難は生じないであろう。「空集合?・ ノおいてゼロは空集合と等価ではない」をべき集合、空集合それぞれの公理の出発点だと解釈する。フレ―ゲにとっての公理(等数性Gleichzahigkeit, equinumericiteという方法を用いて自然数全体を数えるというプロセス抜きに集合として論ずるための)、『算術の基礎』(フレ―ゲ著作集2、野本他訳、勁草書房、p.136-)における、[ゼロとは「自己自身と等しくない」という概念に帰属する基数である]とするフレ―ゲの主張は、要素がゼロの集・ 、つまり空集合?においてゼロは空集合と等価ではなく、空集合における基数に等しくなり、Card(?) = 0と表記される。 現にラカンも集合の部分集合の総和について空集合を加えなくてはならない点についても語っている(1972年3月15日)。因に、公理についてフレ―ゲはヒルベルトに当てた書簡のなかで「わたしは数学的命題の全体を、定義と残りの一切の命題(公理、基本法則、定理)とに分けたいと思います(傍点筆者)。定義というのはどれも、それ以前にはまだ意味をもたず、定義によって初めて意味を与えられるような記号(表現、語)を含んでいます。意味の付与が行われた後では、定義から、公理のように使用できる自明な命題を つくることができます…」またユークリッド幾何学を引き合いに出し「公理相互間の独立性」の証明可能性、さらに「概念を完全にまた一意的に画定した後では、なんらかの公理を付加するのは、私見では全く許されないことであり、非論理的なこと」と述べている(フレ\ 5cゲ著作集, 6, pp.57-92, 三平訳, 勁草書房)。 ではいったい、「数の客観的実在」(フレ―ゲは数は表象ではなく「客観的なもの」das Objectiveとはそこかしこで述べているが、数そのものの概念については「無限に多くの個体を包合している。こうした概念はけっして概念和によっては作り上げることはできないであろう」と述べるに留めている(『フレ―ゲ著作集1、概念記法』176ページ, 戸田山和久訳, 勁草書房)といった・ \現、さらには(数の)実在論、プラトニスムといったレッテルはともかく、「実在」といった概念についてフレ―ゲは証明どころか説明も行っていないはずである。「概念Fに帰属する数」は「概念Fと同一の数を持つ」概念の外延であるとするフレ―ゲの定義が数概念の内包では? 'c8いとするならば、「客観的実在という概念に帰属する数」という定義なしに数の意味、さらには意義(客観的実在について意義なしに規定できるものか)なしに定義というものが存立しうるのか。0も自然数に含めるとしてこれも客観的実在として扱ってよいのか。問題はBlancheがフレ―ゲ論理はontologiqueなレヴェルにおいてはBolzanoの流れを汲んだ論理だと指摘する点にある。Blancheがここで言っているフレ―ゲとBolzanoの共通点とは、文脈原理、つまり命題を第一義的に提示し(フレ―ゲにおいてはそこに述語論理が加わってより複雑となっているのであるが)、そこに命題以外からえられた判断(これを加えれば心理主義に陥る)や命題以外の言表をも含めた理論化(これは文法にすぎない)、その命題 内あるいは命題間における理論化である。「客観的実在」というものをいかに規定するのか。命題というレヴェルで可能なのか。Blancheはラッセルのパラドックスに関連させ、先に挙げた「馬」について「いったい馬の概念は概念なのだろうか」といった問いを発している。 ラカンは『パルメニデス』の読解において、「いち」を巡ってl’etreという迷妄が入り込まないよう何度も警告を発しているがそれはここでも変わることはない。用語上の混乱が関係しているのだろう。das Seiendeにかかわるontischな問題に対するSeinにかかわるontologischな問題といったハイデッガーの用語はここでは無視した方がよいであろう。いわゆる存在論的コミットメントを巡る問題において、クワインは現代における数学基礎論のhttp://www.scribd.com/doc/72332829/Quine-On-What-There-Isにおいては「数学における哲学」とも呼べる領域においては、普遍論争においての対立、実在論、概念論conceptualism、唯名論の再現がみられるとしており、これらの潮流がそれぞれ論理主義、直観主義、形式主義に相当するとしている。クワインがいう論理主義/実在論の代表であるフレ―ゲにあっては、抽象的総体とは精神とは独立した現実であり、この抽象的総体を、それが既知のもので? 'e0未知のものでも、関数のなかの変数において此れをリファレンスとして結びつけてもよいとなる。ヒルベルトに代表される形式主義/唯名論においては、抽象的総体の存在を退ける。われわれの言表において存在論的に関わるものは皆無だ、となる。特記すべきは直観主義/概念 論についてである。Lalandeによると概念論は前2者の折衷なんかではない。普遍les universauxはそれ自体では存在しないとするのがこの学説である(Andre lalande, Vocabulaire technique et critique de la philosophie, p.162)。無矛盾というものが、かたちこそ異なるにせよ、全2者には必然的であるのに比し、クワインによれば概念論の流れを汲む直観主義に分類されるフランケルにとって、無矛盾は存在existenceにとって十分なものとはいえない。この点から言うと、ラカン自身が「わたしの言うことには直観主義の影響が窺えるとお思いでしたらそれでも結構ですが … 」と言っている点にも注目すべきである( 1974年2月19日)。直観主義においては「発明する」ということの重視、第三項・ r除は退けられることからもラカンのこの言葉は 無視できない(ibid)がこのことは後述することとなる。

4.Seauation
yadl’un については、ラカン自身同様、筆者もも明確な説明を行わないままここに至っている。sexuation の式は量子式によって、すなわち述語論理によって示されている。ラカンの sexuation がなにがしかの新機軸を打ち出しているとするなら、それには新しい論理が「必要」で、この論理を成り立たせる記号や簡素な表現で異なる文脈で使用できるものが必要となろう。これは措定されるもので、これ自体について説明をすることはできない。逆に sexuation の論理において、性的関係はどうなるのか明らかになれば、yadl’un(たしかに余分なものをそぎ落としたエクリである。そこには「ある」il y aと「いち」un が漸く読み取れるだけである)は事後的に位置づけされる。であれば、まず sexuation について検討してゆかねばならないであろう。 sexuation一巡目 ラカンはこの図に番号を振っており、矢印で方向を示しているのであるが、この一巡目の説明の順序はとなる。 左上:ひとりの x がいて、この者が性的関係を支配しており、つまりファロスの関数を支配していているのでΦx と書かれる。支配するとはこの関数/機能に否と言ったことによってである。2. エクジスタンスがあるは「言う」un direと関係していることとなる。『否と言う』≪dire non≫ さらに『否であることを言う』≪dire que non≫ が『少なくとも一人』≪au-moins-Un≫ (ラカンは hommoinzin とも hommoinzun とも表記している)が『否であることを言う』となる。necessaire については差し当たり様相論理学を念頭に入れて「必然的」と訳しておこう。法 - そしてここで は去勢の法である - を強化するためにはこの法の番人であり、この法をまぬかれた例外的存在者がなくてはならない。この例外は包括する機能です。普遍によってなにが提示されるか、普 遍が囲われるということ以外には考えようがありません。まさに否定の可能性による囲い込みがなされるのです。もっと正確にいうと、ここでは存在は補集合的役割を、さらに数学的な表現でいうならば、縁取りを演じるということです。(1972年6月1日)全体集合U={1,2,3,4,5,6,7,8,9},A={1,2,3,5,7}のとき ={4,6,8,9}フロイトにおいてはトーテムとタブーの原父は、部族のすべての女性を享有していた。エクジスタンスは繰り返し述べてきたように0-1, S1→S2と関係している。原父の否により兄弟群には去勢の法がゆきわたり、近親的享楽は禁じられる。可能 possible はファロスの法に従いながら享楽に与ることの可能性、つまり去勢という法の制約のもとでの享楽と読むことができよう。ファロスの法に否と言う者とファロスの法に従う者との間には当然矛盾contradiction の関係が成り立つ。女性の側に移ると、言表において、ファロスの機能/関数が性的関係についてこれを支配していることが偽であると述べるような者はひとりもいない。つまり、男性の側とは異なり、女性の側では例外的立法者である存在者は存在しない。「ファロスの機能に対して否と言う言表の主語として規定されるXが存在しない」ことに関してラカンはこれは『処女』の原義であるとする。聖母マリア Sainte Vierge が例外的存在者とは看做されないのもキリストの母としてではなく、処女という語の曖昧さからそうでないのかもしれない。 男性の側と異なり、例外的存在者の不在により、法の強化がなされないままが導き出される。これが「全てでない」pas-toute である。 sexuation 二巡目 原父をめぐって、ここで種明かしをするが、これが yadl’un にかかわるものなのである。フロイトのUr-は、常にと言っていい程、事後的に構成されたものである。というよりも、人間による論理的展開と称されるもののいくつかにおいては、前提として示されるものが、精神医学で思路Gedankengang という用語を使わせてもらえば、「後付け」である場合が多いのである。例えば革命 revolution という語17は革新政党のスローガンとしてはどうも有効に機能しなくなってきているが、というのもそのイデオロギー的性格の化けの皮が矧がされ、特に党員にとっては、皮肉なことに、この語は懐古的なイメージに浸るためのものでしかなくなってきている。ともあれ sexuation の説明も revolutionnaire であり、しかもこれが二巡目である。0-1で示されていることとは、原初的なものが後付けであることを露呈させるものである。(いち)が「存在」として実現されているならば、「それ以降」は必要ないであろう。そうではないから、「現実界は 常にもとの位置にもどってくるもの」なのである。「いち」、「いち」、「いち」と繰り返さない(写像理論はある意味でこの「繰り返し」の理論と言える)、十進法では基数は1,2,3 … と進歩的なイメージの幻想を抱かせる。ところで、ラカンの sexuation の式の構成要素である quanteurs (量子式quantificateurs のラカンによる文字通り。そこにはCantorの響きが聴き取れる)が現れるのは D’un discours qui ne serait pas du semblant の1971年6月9日のセミネールにおいてであるが、アリストテレス以来のいわゆる伝統的論理学を転覆させるラカンの試みをさらに溯るとこの年のちょうど十年前のセミネールの源を見出すことができる。パースのカドランが刷新した普遍命題と特殊命題から sexuation の式に到る流れについては別な一稿を必要とするであろう。ここでは savoir du psychanalyste の1972年3月3日のentretien からのラカンの言葉を引用するに留めておこう。では、?普遍性? l’Universelle に相当する問題とわれわれがここで扱う 問題の比較に取りかかりましょう。つまり、対象となるものがふたつに分けられ、双方とも等価の対立物となるかのごとく言表に示したとしてこれと?普遍性?とがどう折り合いを付けるかです。いましがた予告しておきましたがそれぞれ individus (ここでは男性と女性)どうしを等数性 equinumericite (フレーゲ自身のオリジナルの独語はGleichzahligkeit)で強引に結びつけることは土台無理です。動物的交接の一対一対応が人間の男性女性との関係には適用できないことは既 に話したと思いますが。ふたつの?普遍性? deux Universelles とは、一方のが他方にあるいは他方のが自分の方に関係をもつ可能性を前提にしてのことです。いわゆる関係とは性関係と呼ばれているものとはまったく別物です。後者の関係は五万と起きていることです。そしてこの関係において、たしかになんらかのささやかな関係が築かれます。日常茶飯事のことですから … わたしがここに記入するのは、この関係を普遍性のなかに dans des universelles 基礎付けようとする目論みについて言っているのです。?男性? Homme の普遍性 l’universelleを?女性? Femme の普遍性 l’universelle に結びつけることなどいったいどうしたらできますでしょうか …ここで l’universelle と女性形形容詞の実詞化をどう読めばよいのであろうか。命題 proposition が省略されているとも読み取れるが、ラカンの魂胆としては、もし universel が「すべて」と同じ外延を有するならば、ファリックな法をめぐって分配される性というものにおいてファリックな 法はそれこそ普遍的原理として支配していることになる。精神分析においては、フロイトであれラカンであれ、法はひとつしかない。第二の性は存在しないのである。ただし他の享楽 autre jouissance、さらに≪他者≫の享楽jouissance de l’Autre は存在するのである。identification のセミネールにおけるパースの四分円のうち線を持たない枠は普遍肯定命題にも普遍否定命題にも当てはまることが示された。先取りして説明するしかないので種明かしをしよう。女性の側にある pas tout(e) により普遍は失効してしまうのである。抑圧と事後性については既に述べたとおりであるが、本来の意味における抑圧は、論理的には、その前提となる原抑圧を必要とした。ここで日本語では「必要」とすると訳し分けることが可能であるが、必然と必要はともに necessaire である。時系列からすると「必要にせまられて」立てられた命題も論理的には先行することとなる。そこには神話の構造も成り立ってしまうのである。『トーテムとタブー』における原父を伝統的論理学もが「必要」としていたのである。… ou pire の1972年1月19日のセミネールにおいて、ラカンは「ディスクールの necessite を生じさせるproduire術」と切り出し、この necessite はnecessite そのものとは別なものであるとし、論理的 necessite (いま述べたように必然性とは訳せない)でさえこの生産productionの成果だとし、このnecessite は宿命(アナンケ)であり、語る主体たる人間において初めて現れてくるものであり、この語る主体とはディスクールの事実なのだと言い切る。悲劇において、宿命というものが支配するのも、この宿命が論理的であり、語る主体にとってのことなのだから自明なことなのだとコメントを加える。logique に込められたこのような微妙な問題意識は1945年に書かれた『先取り的確信と論理的時間』におけるこのタイトル temps logique の形容詞 logique からして既に然りなのである。「人間的」同化 assimilation ≪humaine≫ とは精錬されていない同化で、これが論理という形式をとるのだが … (E. p.213)、となると語る主体が絡む論理で「わたし」≪je≫ に本質的な(ibid.)とは、同日のセミネールで、宿命について語った後に引き続くデカルトの援用、動物は自動人形に等しく、したがって宿命という足枷からは自由であると言っている件に符合するものである(ibid.)。因にproduire については、物質的レヴェルでのみ捉えることのできるものとディスクール18が編み出すものとが区別され、後者では特に主のディスクールのもと、労働によって現実となる生産(物)については四つのディスクールを理解するための鍵ともなるもであろうが、ここでは取りあげない。先取りしていうと、production, produire という語をここでラカンが出して来るのは inexistant から existant へといった図式が0-1という「手品」を解くための布石として用意してのことである。hommoinzun については D’un discours qui ne serait pas du semblant の1971年6月9日のセミネールにまで溯らなければならない。クラインの壷のトポロジー的特性を述べ、これをヒステリー者の享楽、この享楽を引き起こす?他者?としてのファロスとこの関係についての知がみせかけsemblantであることを述べた後で、フロイトの落胆を理解できない人がいるでしょうか。つまり、かれはヒステリー者との治療において治癒に到達しないという点ですが、このことはまさに、フロイトがこの語られた言葉 ce dit が突如として現実の力を得て、この言葉をこの折り返しの点に繋ぎ止めようと要求することに他ならないのですが、折り返し点は、当然のこととして、身 体のどこにも見出しえないものですから、ひとりの女性の享楽を表すトポロジー的形象としてはまことに不都合なものとなってしまっているのです。フロイトはこのことを解っていたのでしょうか。これは検討に値します。この問題を解くのは不可能なのです。正鵠を得た原因を探り出すこと、つまりちょうど原因となる une juste cause 点を決めることによって、ヒステリー者はこの原因がみせかけの「少なくともひとり」の所持者であるかのようなフェイントをかけるにあたってそれに同調するのです。これをわたしは書き直したいですね、l’hommoinzin と。か の女の享楽にはなくてはならない骨のある男です。そしてこの骨をヒステリー者は齧りとってしまうのですが。この hommoinzin を理解するために三つの表記方法を示しましょう。正書法に共通するものとして、#ともかくもみなさんに説明しなくてはならないでしょうが、ということでまず“au moins un”です。#ついで l’“hommoinzin” です。これはわたしがもっている構造的ななにかが働いて醸し出される表現力に係るものでしょうね。#次は、これはみなさんお解りでしょうし書くこともできますでしょう。a (u マイナス un)です。a (u moins un)comme ca # ヒステリー者が対象aとして機能するということもお忘れいただかないようにそうするのです。 このパッセージが述べられた後、しばらくして、ヒステリー者のpan-talonnade についての言及が現れてくる。pan- talonnade とは pantalonの文字りでオペラにおけるズボン役 Hosenrolle (たとえば『フィガロの結婚』におけるケルビーノ、『バラの騎士』におけるオクタヴィアンなど)を連想させる。pantalonnade という語はコメディア・デラ・アルテのパンタローネの役柄を象徴する滑稽な偽善を意味する語として1613年に実在が確認されている (Dictionnaire historique de la langue francaise より)。ラカンの pan-talonnade はもちろん、性の単一性あるいは性的関係が存在するかのような幻想を与えるものとしての pan である。アリストテレスの論理をラカンは女性をヒステリー者と看做した論理だとしている。… アリストテレスを読み返せば見破ることができるでしょう。かれが女性をヒステリー者と同一のものと看做していたということをです。ですから当時は女性は位がたいそう高いところにあったことにされたのです。少なくとも、男性にとって食指が動く対象だったのです。そこからは一飛びです。つまり汎 pan でできた論理へです。エカストス(ギリシャ語で英語のeach, フランス語の chaque にあたる)ではなく汎 paz, pasa, pan を選び、全称肯定命題を、そして否定命題もですが、最後に偉大な形式論理の第一歩である pan-talonnadeそっくりを目指したわけですが、このことはアリストテレスの女性観 にぴったり一致しているのです。四つのディスクールにおいてヒステリー者のディスクールは主人のディスクールに対する防衛の図式を示す。S1→S2において、エクジスタンスは追放であり、父親が性的暴力の犯人に仕立てられるのだが、これは転移の効果であり、父親への愛のための自己犠牲が演じられる。転じて主人を告発する一方、この犯罪に共犯関係を結び、主人のディスクールを誘発させるまでとなる。S1は$の下に抑え込まれているが、その知S2を示せと督促され、主人に仕立てられた者(しばしば医師は担ぎ出される)に対しては対象aを欲望の原因としてこれをアピールする。しかし一方で対象a は喪失した対象でもある。S2は横線の下に位置しシニフィアンの連鎖の体内化が身体に刻印される。ともあれ、アリストテレスにおいては女性は主人との共犯関係を結ぶヒステリー者と同一である。ヒステリー者は結局はファロスの法を担ったS1への追従を拒否することとなるのだが。ahommoinzun も担ぎ出されるのである。そこには必然的なものではなく必、要なものとして、、、、、、、担ぎ出されるのである。ラカンが矛盾として認めているのはととの関係だけである。男性の側からの享楽は性的享楽 jouissance sexuelle であるが、ラカンはこれを後にファロスの享楽 jouissance phallique と呼ぶことになる(Seminaire “Encore” version millerienne, p.14)。Φは享楽でもあり、男性の側からの享楽として可能なものはこのファルスの享楽のみである。この享楽と他の享楽 Autre jouissance が遭遇するとしても、それは出会い頭の瞬間点における遭遇でしかなく、他からするとこれは偶発的 contingent な遭遇にすぎない。対象aとしてのファロスは充血消腿により萎え堕ちた物体 であり、性的関係は頓挫し間隙 faille を生じさせる。「すべて」と「すべてではない」19との関係は不和 discordanciel である。聖女ウルスラ伝説はそもそもウルスラにお供した処女の数からして11,000人であったかどうかも定かでない。処女のまま殉教したとされる数も二重の意味において不確定である。殉教の前にフン族の暴行を受けていた可能性の問題があり、あるいは処女であるかどうか検証するという行為による、いわゆる観察問題にみる不確定さからもそうなのである。それは小澤の不等式に示されるように、二つの異なった事柄なのかもしれないが、いずれにせよ算定可能性 denombrable のないものである。処女であるかないかはいわゆる生物学的観点だけを取ってみても曖昧である(処女膜閉鎖症 atresia hymanalis という特殊例を除外する)。その他の観点(社会的、宗教的、道徳的、儀礼的、神話的、曖昧ながらも心理的 … といった諸営為にかかわるすべての観点)も加わればなおさらである。このことからか、ラカンは算定できないということを0と1とのあいだにあるとしており、カントールの連続体濃度に言及している。例えば「処女である」を1、「処女でない」を0とすると、女性そのものは無限に存在する訳ではないが、個々の女性はこの0-1の数直線上のどこかに位置するといえる。数直線は確かに連続対濃度をもつ。先取りして言うが、決定不可能性を 1 :真、0 : 偽の二項論理における決定不可能性に置き換えてみることも可能である。例えば、「 … は処女でもあり、処女でない」、「 … はaという観点からは処女でありbという観点からは処女でない」あるいは実数の特徴からすれば例えばこういう命題も意味をもってくるであろう。「 … は処女であることよりも処女でないことにより近い」、「 … は処女でない地点から処女に向かってルート1/2の地点にある」、等々。連続体仮説に対するゲーデルの決定不能性と同様、ラカンはととの関係についてから見るとは「… かあるいは …か」決定することが不可能 impossible な様相であることを言いたいわけであり、「不和な」discordanciel 様相がフランス語では vrai et faux であるのに対して、「不可能」は ni vrai ni faux ということである。

5. L’acte psychanalytique 1968年 3月 13日のセミネール
フレーゲによれば、Gedanke は命題そのものに当たり、概念記法では左端の縦線が Urteil であり、das Denken は心理主義的なものとして考慮に入れない。ラカンは1968年3月15日のセミネールにおいて「すべての人間は賢い」といったいわゆる全称肯定命題を例にとり、この命題のA,O,I,E,をフレーゲの概念記法を用いて表す。ラカンにとっては主体は分裂division が施されており、sujet de l’enonciationとsujet de l’enonce に分断されているが、例えば虚辞のneは前者の後者への影響がまったく及ばないことの反証としてしばしば引き合いに出されるものであり、例えば、Je crainsqu’il ne vienne という文においては、文意は「わたしはかれが来ることを恐れる」とも「わたしはかれが来ないことを恐れる」ともとれる。ラカンは Damourette と Pichon の ≪Essai de Grammaire de la langue francaise≫ に拠り所を得ていることは他でも既に論じられているであろうから、ここでは立ち入らないが、この虚辞の ne が negation discordentielle の代表的例であり、そこでは言表行為の主体 sujet de l’enonciation (筆者は sujet del’enonce を言表の主語と邦訳することにしている)は排除できないのである。全称肯定命題「すべての人間は賢い」“tout homme est sage“ においてこの言表行為の主体を言表=命題から排除するには、ラカン曰く、これを特殊命題にpasをつければよいと。つまり「賢くない人間はいない」“pasd’homme qui ne soit sage”となる。全称肯定命題を概念記法で表すと式@ここで「賢い」は関数であり、「人間」は変数を示す凹みに位置することになる。つまり命題「すべての人間は賢い」は式Aとなる。特殊否定命題は式Dここで、左端の短い縦線は命題に対して判断が加わることを示す。@の場合、判断は確言的となる。このような主体の判断を伴う論理をラカンはsublogique と呼ぶ。式Cこれは他の論理⊃においてはF→PあるいはF⊃Pで示される者であるが。ラカンは「もしFが真であれば、Pは偽ではありえない」とつねに否定をもってくる。「真は偽によって条件づけられるのだが、それはその偽が排除される必要があり、それだけで十分」とする。そして式D式Eが示され、最後に二重否定式Fであり、これがラカン流全称肯定命題となり量子式では¬∃x¬Fxで示さ れる。≪ … ou pire ≫の1971年12月8 日のセミネールにおいて、ラカンはDamvourette と Pichon の negation forclusive が pas, point, goutte, mie に結びついていることに反論し、かならずしもそうではなく、反証としてして示すのが ?pas tous? に他ならない。?pas tous? の pas は discordance であるとラカンは言う。ラカンはかれの sexuation の式において、否定の横棒は¬∃x, ¬∀x,¬Φxと量子記号あるいは関数であるΦとx両方に掛かっているのだが、そうであれば、厳密にいえば、?pas tous?では∀xのxのみに否定の横棒が引かれていてしかるべきではないか。これに対してforclusion については、関数に掛かっていると。であればこれは表記どおり否定の横棒はΦx全体に引かれていてよいことになる。重要なことは、「言う」le dire においてのみ forclusion はある、とラカンは言っている点にある。forclusion についていえることは言ったか否か、、、、、、 だと。そして言わ、、れなかったこと、、、、、、、は現実界の問題だ(ibid.)、となる。 もう一度1968年3月15日のセミネールにはなしを戻すと、式Aにおいては否定は命題の述語部分にのみ掛かっており、変数は飽和の状態か未飽和かは問われない。しかしながら「賢くない人間はいない」“pas d’homme quine soit sage”を概念記法で表すと式Cとなる。変数が入るべき位置を示す凹みのまえの縦棒はラカンによればpasでありながら、これは negation forclusive となる。∀は形容詞 allgemeinを逆さまにしたものと解される。通常∀は全称記号といった邦訳が当てられている。手許にある三修社の独和辞典で allgemein を引くと、「一般の」、「全体の」、「普通の」等々といった語義についで、哲学用語として「普遍的な」、「全称的(判断)」とある。一方、universalは「全世界の」、「万物の」、「宇宙の」、「一般的な」、「全般的な」等々で哲学用語として「全称の」とある。Lalande の vocabulaire technique et critique de la philosophie では universel ではドイツ語に対応する語として Allgemein,universal 両方が示されていて実詞としての universel は (Das)Allgemeineとなっている。哲学思想翻訳語事典では「普遍」の項にはラテン語universalis、英語 universal、ドイツ語 allgemein、フランス語 universel となっている。ウィキペディア(日本語版)では全称記号は Allaussage となっているが∀を最初に用いた人物は Gerhard Karl Erich Gentzen だとされ、ラッセルの存在記号∃に対応して∀として All-zeichen という呼称を用いたと書かれているが、他言語のウィキペディアではこのような記載はない。フランス語の wikipedia はこの項目のページは存在せず、ドイツ語のwiktionary には Universalaussage という語の存在も確認できた。ラカン自身も古典ギリシャ語において「汎」という漢字が当てられる pan あるいは pantes と holos、ラテン語の対比では omnis と totus との相違を論じている。因にアリストテレスの全称肯定は kathholon となっている。いずれにしても、ラカンの pas tout(e) あるいは pas tous の pas がnegation discorcantielle なのだとしても “pas d’homme qui ne soit sage”のpasはnegation forclusive であることは確かで、これは dit つまり言表つまり命題そのものの否定であり、そこには変数が文脈上に限定されて示されているものにせよ、それがかならずしもラカン的な意味あいでなくても「現実の」なにかを referent としているとしても否定であることには変わりはなく、存在 - それを etre の次元としてでも existence の次元としてでも -との係り合いの排除、、ができているのであり、全称肯定命題と呼ぼうが普遍肯定命題と呼ぼうがその替わりに二重否定である “pas que ne”(後者のneは当然 negation discordantielle である)を当てようとするラカンの目論みは理に叶ったものといえる。原初的否定が先ずあり、ついで原初的肯定としてのS1が原抑圧におけるシニフィエなきシニフィアンとして措定され、S2→S1(「われわれは無意識について知ることはできない」といったテーゼに相当する)と対応する主体の分裂、そしてその相関物としての対象aは事後的に、、、、“pas tout”の証左となる。対象aは部分対象である。部分とは全体ではない、、、、、、pas total のであり最後に pas tout なのである。“La logique du fantasme” の1967年4月12日、同19日、26日において展開されている、対象aの全体との間の通約不能性incommensurabilite20、全体としての「いち」への到達不可能性、そこからフレ―ゲの変数の位置として示される凹み - まさにラカンの穴である -にやって来る対象21はたしかに存在する(-φは対象にかかわるものであるが、それ以外のものはあらゆる意味において対象は否定を施すことのできないものである)のだが、つねに新手はやってきて入れ替わり立ち代わりこの座に納まろうとする。この凹みは飽和されることはけっしてないのである。こうも言えよう。主体は自らを、そのステータスからして、論理を展開する能力があり、その論理においては「すべて」が「あるもの(ども)」をこの「すべて」に従属させることができると自認する。しかしこの自認は自惚にすぎない。精神分析においては、「己自身を知れ」 “Gnohsi seanton” などは論外です。肝腎なことは、この「己自身を知れ」の限界を把握することです。なぜならば、この限界とは論理そのものの本性に就き纏っているものだからです。また、主語 sujet は言語の効果のなかに記載され、つねに自己自身から外れたところで … (sic)その結果、主語はしかるものとして構成され … (sic)この追放された部分が主体 sujet となるのでして、その本性たるや-あるいは、承認されるとしても、先ず最初にこの承認の作用において当の主語の場所を決定したのが誰なのか忘れてしまうという条件 付きであるか-あるいは、この主語の場所の決定において自己を把握するものの、この決定を否定してしまい、つまり、この決定が現れるのを例の否定Verneinung において誤解することでしか目撃できないかどちらかなのです(13/3/1968)。ラカンは対象aをフレ?ゲの謂う対象に阿るような振りをして、その実、概念記法において対象の代わりに概念語を挿入させ分肢をどんどん増やし、高階述語論理を展開させていったフレ―ゲを揶揄している。「メタ言語は、(結局=筆者)、存在しない」のである。ヒステリー者、強迫神経症者の式を提示しつつ、ラカンはこう締めくくる。このようにして、エクリチュールにおいて記載されてきたものにおけるホモロジー homologie、並列性 parallelisme によるのです。そこでは、ますます進歩そのものに駆られて成り立つものがあるのです。進歩とは(論理学の)言説における書式の多様化が後押しするのです。つまりこの言説において、変数の増加 varietes 、概念のヴァリアションの増加と肩を並べようと圧力が加わってきた訳で。数学の進歩がそうしたのです。ホモロジーを用いてです(13/3/1968)。 となると、ラカンは、少なくともこの時点(1968年3月13日)では、ホモロジー理論、すなわち多様体に対して代数を対応させることつまり代数歌様態に対して懐疑的であったのか。variete とはフランス語で多様体のことでもある。多様体では「局所的に任意に座標軸 - これは変数で示される - をつくりこれを貼リ合わせる」(フランスにおいては写像理論の普及により application は関数 fonction という語を駆逐した感がある)。曲面のトポロジーは1962年から導入し結び目のトポロジーは1973年からであるが、トポロジーでは座礁軸を取り払う。ただここでは数理論理学についてラカンは語ろうとしているのであり、対象はいくら述語部分を高階にしたところで全ては言い尽くせない(pas tout)こと、対象aの掴みどころのない変化(へんげ=ルビ)について言っているのである(variete とは対象aの多様性をも含意しているのであろう)。そもそも同値関係についてであるが、ラカンには1対1対応に批判的な発言がときとして見受けられるが、このことは別項に譲る。
1 なぜ entretien(s) という名称が与えられたのか。いつ、誰によってこの名称が与えられたのか。かってラカンがそうであった精神科インターン生に対する親近感からか(「対話」に近い語義なのか)、あるいは専門家集団(そうだとすると、そこにはラカンの皮肉がこめられていることになろう)の会合の意味か。
2 例えば、lalangueという新造語について、ラカンのクラシックなテーゼである「無意識はシニフィアンの効果である」がどれだけ有効なのか検討してみる必要がある。
3 1961-2年のセミネール Identification ほぼ全編にわたって、この trait unaire は論じられている。向井雅明氏の懇切丁寧な読解を参照されたい。
4 単に量子記号を初めて用いたという事実だけでなく、後継数という概念が問題となって来るのであるが、このことは後述することとなる。
5 二項論理では捉えることのできないこの現実界についての論理構造についてはseminaire XXI, 1974年5月14日についての拙稿参照のこと6 eis an estin はフランス語ならば、s’il est Unと訳されることが多いのだが、ラカンは … ou pireの1972年3月15日のセミネールの途中で s’il y a Un あるいは s’il y al’Un といった訳文を提唱している。かれが言うには、il y a というフランス語の表現は、古典ギリシャ語において、さらに他のヨーロッパ諸言語にも類を見ないもので(there is とかEs gibtとは異なった構造をもつ)、またフランス語の歴史のどの時点で出現したのか、ラカンが常に参照する辞書、Littre, Robert さらにはBloch とvonWartburgにも、あるいは Damourette と Pichon の文法書にも記述がないとのことである。このような歴史的、つまり時間的に捉えることの困難な il y a の性質についての言及は一見して挿間的なもののように見えるが、後述する exaiphenes を意識しているようにみえる。si + … とは「… を前提にすれば」であるが、既に述べたように、フロイトの抑圧理論においては、現抑圧は、本来の意味における抑圧の前提として論理的には後者に先行?するものであるが、時系列上は事後的にそうなのであり、この前提( 例えばフロイトは、誘惑、外傷は既成の事実と信じていた時期があったが、フロイトにおける原-, Ur -という接頭語がついているタームは多くの場合、事後的に構成されたものだと言えよう。原光景 Urszene しかり、原抑圧Urverdragung しかり、原父 Urvater しかりである。これらの起源を、フロイトはユングの影響からか、現幻想 Urphantasien の名の下に「系統的な」遺産とまで解釈するまでに至っている)を表す si を取り払って示すとなるとまさしく yadl’unとなる。
7 「奴隷は主人の本質が在ってこそ奴隷なのです。主人はというと、S2、つまり奴隷の知なくしてかれの本質は如何ともし難い。わたしは本質と呼びましたが皆さんはお好きなように。書き記すならもっと解りやすいでしょう。S1つまり主(人)のシニフィアンのことです。(ibid., )」
8 cf. http://fr.wikibooks.org/wiki/Parm%C3%A9nide
9cf.http://www.freud-lacan.com/Journees_etude-Evenements/Retour_sur_les_journees/L_Un_qui_parle)
10 フレ―ゲにおいては概念イコール関数である。概念の内包というものを論じるのは悪しき心理主義として退けられ、その外延記述するのが論理主義に叶った思考方法だとされる。
11つまり yadl’un は ecrit であるということである。エクリチュールは後述することとなるが「発明」である。
12 Blanche ついては、A, I, O, Eからなる Apulee の論理にパースのカドランの直線と斜線の混在した部分の四分円に相当する(Y)と(∀∨¬∃)つまりオール・オア・ナッシングである(U)を加えた六角形の論理図の作者であること以外、筆者は不案内である。ネオ・フレ―ゲアン Wright や Hale らとの関係、いわゆるフレ―ゲの基本法則Vに対するラッセルのパラドックスへのスタンスとの異同についてもここでは論じる術を知らない。ただしマイケル・ダメットのフレ―ゲ批判、いわゆる非述語性 inpredicativity をもち出して「数名辞が数という対象を指示する」としているのは如何なものか。「実在論」を巡る問題をラカンに絡めるとすると。ラカンの 現実 le reel はあくまで不可能なものである。それは穴 trou を塞ぐことの不可能性であり。この不可能性を定式化する(穴の縁取り「ギャザーをつくる」という意味においてエクリチュールである数名辞、数名辞を含む命題は reel なものとかかりあっているものなのである。denotation ともしばしば訳される Bedeutung(フレ―ゲの論文 “Uber Sinn und Bedeutung” の仏文タイトルは “Sens et denotation” となっている。)をラカンは signification と仏訳しており、signification とは significationdu phallus の signification に他ならない。『エクリ』の独訳でも“Die Bedeutung desPhallus”とされている。Seminaire XVIII “D’un discours qui ne serait pas dusemblant”(1971年6月16日)において、ラカンはカルナップの Meaning and Necessity :a Study in Semantics and Modal Logic(1956)(仏語訳“Signification et necessite”の批判的な読解を行っている。ここでは仔細に検討する余裕はないが、次のことだけは述べておこう。ラカンにとって Bedeutung とはまさに Bedeutung des Phallus に他ならない。ファロスと父親-の-名の異同については別稿にゆずることとして、カルナップが Bedeutung の問題を nominatum という語を巡って理論展開しているのであるが、ファロスはフランス語の nom について、英語の noun と name との違いについて問題提起するものであり、nom とはappeler するものであり、ではなにをappeler するものかというと、話すこと parler を必死になって呼びかけるものだと。ところがファロスそのものはなにも言わない(D’un discours qui ne serait pas dusemblant, Seuil, pp.171-172)。同日のセミネール (これがこの年の最後のセミネールである)は次の年のセミネール、アントゥルティアン、… ou pire, savoir dupsychanalyste の序奏となっているのである。0-1の、問題意識というよりもある意味で種明かしが用意されているとも言える。しかしながら、フレ―ゲの言う「固有名」をラカンの nom あるいは nom propre とにつなぐにはデリケートな操作が必要であろう。
13 Millerは自然のエクジスタンスと論理的意味におけるエクジスタンス l’existenceau sens logique との懸隔と書き入れている(p.140)が如何なるものか。コンテキストでは、日本語ではちょうど星屑などという言葉もあるが、天文学者の観察により新たな知見が生まれたときしかじかの星はエクジスタンスとなるのだが、そのとき二の星は自然のエクジスタンス(ラカンとてこの「自然の」naturel という形容詞は苦し紛れに使っているように見受けられる)とは異なったエクジスタンスとなるということであろう。自然のエクジスタンスに対峙させるべき語は l’existenceexistentielle とすべきではなかろうか。
14 cf.file:///Users/ogimotoyoshinobu/Desktop/sur%20la%20table/lacan-brasil.com.webarchive
15モハンティ『フッサールとフレ―ゲ』(勁草書房、貫訳、p.40)の邦訳においては 「定義は意味、、(傍点筆者、つまりフレ―ゲの用語でいえば Bedeutung)を全く考慮する必要がないという主張が正当化される訳ではない」となっているが、文脈からすると「意義」Sinnではなかろうか。さらに「客観的実在」について、その意味についてはそれこそフッサールのノエシス的契機、意義についてはノエマ的契機抜きにして数について規定することが可能なのであろうか。フレ―ゲ的文脈的定義に徹底するならば、莫大な数の概念語について、それぞれを命題のなかで検証する必要が生じて来るはずで、このことは先に引用した通りフレ―ゲ自身断念しているではないか。
16 cf. http://www.scribd.com/doc/72332829/Quine-On-What-There-Is
17 Dictionnaire historique de la langue francaise によれば、俗ラテン語 revolutio(アウグ スティヌスは輪廻、つまり霊魂の回帰の意味で用いている)からの借用の初出は西暦1190年であり、古典ラテン語 revolvere (「後退させる」、「連戻す」の語義をもつ)のスピーヌム revolutum からは「(惑)星の公転による元の位置への回帰」の意で用いられていることが確認されている。「革命」の意味で使われるのは1559年が初出とされる。
18 D’un Autre a l’autre 以降、ディスクールとは「パロールなきディスクール」つまりエクリチュールの側から規定されるディスクールであることを強調したい。四つのディスクールも記号を用いて書かれたものである。そしてエクリチュールによるproductionの特質として、後述する、「発見」に対する「発明」をもたらす点を挙げておきたい。
19「すべてではない」という特殊命題のようにも聞こえるが、これは「すべて」に対する否定であり、「すべて」と「すべてでない」とは排中率の関係にあり、「すべて」であり「すべてでない」でもありとすることが不和 discodanciel なのである。これは無意識における論理でもあり、「現実の科学」である新論理として Lesnon-dupes errent で取り上げられることになる。
20この3日にわたるセミネールにおいて、対象aはいわゆる黄金数の逆数として示されているがこのことについては稿を改めたい。
21 L’acte psychanalytique のセミネール全体にわたって(いわゆる教育分析に限られたものではなく)、分析主体 analysant から分析家 analyste へと移行する事態 - ラカンは行為化を意味する passage a l’acte という語で示している - が対象aがアマルガ的側面から失墜し脱落物となることとの相関で捉えられるべきとするライトモチーフをもって展開されている。用語上は、知を想定された主体は対象aであるのだから、これはフレーゲにおける対象とのあいだに齟齬は生じないのである。